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した封書による手紙を使用していたが、「手紙を書き出すこと自体に負担がある」というひきこもり
当事者の指摘を受けて変更してきた経緯がある。
そこで本事業ではひきこもり当事者経験者団体である当NPOが中心となってひきこもり経験のある
ピアサポーターと家庭にひきこもる当事者双方がお互い無理なく接触可能な手紙を活用したピア・ア
ウトリーチの開発を目的に、当事者の社会的孤立予防を図り適切な社会資源サービス(social
resources)につながる効果的な方策の検討をすすめることにした。
今日のソーシャルワークはいかにひきこもり当事者一人ひとりの思いや望む支援を丁寧に汲み取
り彼ら彼女らが主体者となりうる援助が行われていくかが重要な鍵となるが、残念なことに福祉専門
職の方向性は職能団体の動向をみても上級認定資格取得にその赴きが置かれ肝心の当事者との協働
実践を図る姿勢はまだまだ遅れがちと言わざるを得ない。
さらに現代社会のなかで生きづらさや制度の狭間に置かれてきたひきこもり当事者の経験的知識
を活かしたひきこもりピアサポート活動はひきこもり支援の新たな切り札としてその重要性が指摘
されながらも実践現場において広がっているとは言い難い。本事業における日常の手紙を活用したピ
ア・アウトリーチ活動など、仲間とのさまざまなピアサポート活動などを通してその可能性を明らか
にし、従来の福祉専門職領域が培ってきた「専門的知識(professional knowledge)
」と、ひきこもり
当事者自らの体験から蓄積してきた貴重な「経験的知識(experiential knowledge)
」との結集によっ
てひきこもり援助の新たな「実践的知識(practical knowledge)
」を生成していく活動が求められる。
4.先行実践研究レビュー
電話や対面援助にかかわる実践活動報告は数多く見られるが、手紙にかかわるものになると少ないの
が現状である。これまでの手紙を活用した先行実践では、田畑治によって「面接が一時中断しその直後
にクライエントから手紙をもらい、すぐに返信し、それを受けて電話がかけてきて再び面接をはじめる
ことになる」事例や「クライエントから手紙が届いたり、あるいは絵葉書が着いたりすることもときど
き起こることがある。クライエントが直接面接場面で伝えるべきことをそれ以外の伝達で伝えてきてい
ることを挙げ、たとえば旅行先から発信してきた便りなどを寄せてきた場合に、次回会ったとき礼を述
べることを忘れてしまうと案外クライエントは気にしているものである」などクライエント側から手紙
や葉書によって届くケースが報告され、それに対応する支援上の留意点が述べられている
(11)
。
また
1980年代から広がりを見せたチャイルドラインからヒントを得て「話す会話表現よりも書く
記述表現のほうが、自分の内面の奥深くをありのままに表現しやすいのではないか」と考え活動をは
じめたという八巻香織は郵便局に設置されたスチール製の小さな私書箱を使用し、そこに届けられる
思春期相談室ティーンズポストのボランティア活動を赤裸々に綴っている。そこには「手紙というメ
ディアならば、目をつむった方が闇の中でモノを探し得るように、目に見えないところだからこそ、
より深く感性を研ぎ澄ませて、内面に触れ関わることが可能である」と述べ、「記述表現は、だれよ
りも自分が読み返すことのできる、いわば自己との対話。自分自身の力で問題解決していくために最
適な表現方法」と指摘している
(12)
。
こうした試みは学校教育現場の実践のなかでも見られる。八田誠二は37年間に及ぶ小・中学校の
教師生活において実践した手紙(記名自由の相談カード)を活用した教師と生徒間の相談記録を紹介
しているが
(13)
、いずれも教育心理学に基づく学齢期対象の相談活動として用いられたものでひきこ
もりへの活用方法についてはここでは具体的には示されていない。
ソーシャルワーク領域では、黒川昭登がアウトリーチの具体的な方法のひとつとして手紙を取り上
げ次のように述べている。「手紙による連絡はクライエントに心の準備をさせ、来所するか、ワーカ
ーを迎えるか決心させる適切な接近方法」としながらも「手紙に応ずるクライエントは少ない。ワー
カーが再び手紙を出すのだが、いかに善意に満ち親切丁寧に書かれた手紙でも無視される。このよう