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手になっているのではないだろうか。この相互批判は、まさに協同的問題解決方法といえる。その協
同的問題解決には、実践上の戦術・テクニックが必要である。その戦術・テクニックは、当事者、実
践者、地域住民の各々の要求を満たすことが可能となるものでなければならない。
次に、問題解決の戦略・テクノロジーであるが、私は、福祉実践を「出会い」
「危機介入」
「個・家
族・地域・社会の制限との対峙」という三つの局面で捉えている。今回は、
「出会い」と「危機介入」
に限定し、その「戦略・テクノロジー」を述べたいと思う。
3-2.揺れ動くなかで育つ協同的関係性
協同的な関係性の下では、その仕事を成し遂げていくために自身の役割を遂行するとともに、他者
にその仕事を成し遂げるための要求を行うことが必要となる。そこでは、その仕事を成し遂げるため
に、実践者、当事者、地域住民が、相互に徹底した議論を行うことが必要となる。その討論は、相互
の曖昧さを許し合うものではなく、相互の揺らぎを保障するものとなるから、ある意味厳しい討論と
なる。その討論を、福祉の世界で必要なアセスメントにおきかけて考えるとどうなるだろうか。
私は、個々人をアセスメントするとき、その対象となる個人が参加しないアセスメントは実践的意
味をなさないと考えている。アセスメントには、必ず、当事者やその家族も参加し、実践者が果たす
べき役割と当事者や家族が果たすべき役割を明確にすべきだと考える。そこで、「自分の思い通りに
動いてくれない」と感じる実践が存在したならば、その意味を相互が討論するなかで明らかにすべき
である。
私は、その協同的関係性の下では、当事者と実践者が「対等な関係・対等なラポートのふりをする
のではなく、相互に尊敬し、相互に情報を交換し、相互にオープンで明確なコミュニケーションを確
立する関係性を確立すること」が可能になると考えている。さらに、その関係性の下では、ときに実
践者と当事者の権力・力関係の逆転が生じると考える。
本来、実践者がもつ権力は、当事者の生活に変化を生み出すために積極的に利用するべきものであ
り、社会福祉実践は、そのいたるところで、常にその力関係が常に変化することを認識しなければな
らない。
4.協同的問題解決としてのピア・アウトリーチの局面―「出会い」と「危機介入」に限定して
実践者集団は、多くの当事者や家族が語る事実と出会う。この語りのなかには、実践者が今まで体
験したことがない事実が含まれているかもしれない。そのとき実践者は、そこに示されている課題の
意味を問い、実践者がどう生きるか、自己に課されている役割はなにかを自身に問うことが求められ
る。その過程のなかで、実践者(ピア・プロ)は、今ある社会のあり方に疑問をもち、今までの実践
や制度の在り方を問い、今、もっている価値観が揺るがされる。
この過程を創り出すためには、実践者(ピア・プロ)、当事者が参加する実践集団が必要である。
さらに、その集団は、揺るぎ合うことが保障される実践者集団となる必要がある。
4-1.実践者(プロ・ピア)と当事者の主体が育ちあうとき
ミッシェル・フーコーは、「自らを救う人は、警戒の状態、抵抗の状態、すべての攻撃と襲撃を押
し返すことを可能にする自己に対する制御と至上権の状態にある人」であり、
「自分自身を救うこと」
は「支配と奴隷状態から逃れること、人を脅迫する強制から逃れること、そして自己の権利を回復さ
せ、自らの自由と自立を取り戻すこと」であると述べる。
フーコーは、「他者の救済」と「自己の救済」を対として把握する。これを支援―被支援の関係で
読み解くとどうなるだろうか。支援者であるか被支援者であるかは、関係のあり方で変わると考える
ことができるのではなかろうか。被支援者の権利を回復させる支援者は、実践過程で自己の権利を回